北方同盟設立の経緯

 昭和20年12月1日、当時の根室町長安藤石典いしすけが、連合軍最高司令官マッカーサー元帥に陳情したのが北方領土返還要求運動の始まりとされています。

 この陳情がきっかけとなって、安藤石典氏を会長とする「北海道附属島嶼復帰懇請委員会」が結成され、この組織が母体となって北方領土返還要求運動が進められました。
 戦後まもなく根室で進められた返還要求運動は次第に広がりをみせ、昭和25年11月、道内の3つの返還要求運動団体が結集し、北方領土返還要求運動を主たる目的とした「北方領土復帰期成同盟」の前身である「千島及び歯舞諸島返還懇請同盟」を発足し、返還要求運動は次第にローカル運動から全道的な取り組みに、そして全国的なものへと拡大しました。

 その後、この懇請同盟は北海道市長会、北海道町村会、漁業、農業、商工業等の各種団体ほか、学識経験者、報道機関等の参加支援を得て再編成し、昭和38年3月28日「北方領土復帰期成同盟」(略称「北方同盟」)と改組し、さらに、北方領土返還要求運動を全国的規模で推進するため、新たに外務大臣認可(昭和40年4月28日)の公益法人となり、現在に至っています。

 その後、返還要求運動を道内の各地域に定着させて推進するため、昭和46年各支庁所在地に「地方支部」を設立、また昭和50年3月には、都市対策として札幌市にも地方支部を設立し、全道15の地方支部を拠点として、北方領土返還要求の世論を高めるための事業を積極的に行っています。